2004年11月26日
11/26(金) カンボジアの首都プノンペン
昨日はカンボジアのプノンペンを観光して、夜の飛行機でベトナムのホーチミンに戻ってきました。初日の夜と同じ「シェラトン サイゴン ホテル&タワーズ」に宿泊してますが、我が家に戻ってきたような気分です。ホテルの部屋で高速インターネットが使え、エグゼクティブフロアのラウンジでは無線LANが使えるので大変便利です。明朝は朝から予定が詰まっていますので、今日は深夜に更新させていただきます。
昨日まで私が3日間滞在したカンボジアの英語での正式名称は「KINGDOM OF CAMBODIA」。日本語に直すと「カンボジア王国」。王制を敷いています。先月、長年国王として君臨していたシアヌーク前国王から新しい国王のシハモニ新国王にバトンタッチしました。プノンペンでは、道路上や公共施設・ホテルなどには、シアヌーク前国王・前国王婦人・シハモニ新国王の写真が多く飾られています。ちなみに現在の国王は51歳ですが独身だそうです。
昨日王宮に行って来ましたが、王宮は1866年にノロドム王がプノンペンを都と定めた時に建てられ、ポル・ポト政権が終わり1991年にシアヌーク殿下が帰国を果たし、1993年に国王に即位して以来、現在でも国王が居住して公務を行っています。中心の建物は「即位殿」。「即位殿」では国王が首相や閣僚などと懇談する際や王室行事などに使われているそうですが。中央にある載冠用の王座は、即位載冠の儀式の際のみに座ることが出来る椅子で、国王でも即位の時のみ、一生に一回しか座ることが出来ません。今回の国王継承によって国王になった新国王も先日の載冠式で金色の王座に座ったそうです。その他王宮の塀を隔てた南側にある「シルバーパゴダ(銀寺)」も共通して言えることは特徴のある建物ばかりで見事なものです。
余談ですが、カメラを持ち込み王宮内で写真を撮ると2ドル、ビデオは5ドル徴収されるそうです。(私はカメラをバスに置いていきました)
またカンボジアを語る上で忘れてならないのはポル・ポト政権。私が生まれた昭和50年代前半に迫害を受けて大虐殺が行われました。刑務所として使われ、現在は「トゥールスレン刑務所博物館」として、ポル・ポト時代の刑務所をそのまま残し、拷問の様子・実際に使われた道具の展示や迫害によって殺された人の写真などが展示されています。ポル・ポト時代の1975年あたりから1978年頃までに、ここでは約2万人が収容されて生きて刑務所を出たことが出来たのは6人のみだそうです。私はあまりの残酷さ、特に迫害を受けて罪もないのに拘束され、番号札を首からかけられて、手錠をかけられた姿での写真が多く展示されてますが、まだ30年も経たない前の出来事と考えるとショックで写真を撮す気持ちにもなりませんでした。現在では、先月王位継承がありましたが、首都プノンペンの政情は安定しております。ポル・ポト時代の空白期間を早く挽回して、貧困を無くし、国の経済が発展することを願うばかりです。
昨日まで私が3日間滞在したカンボジアの英語での正式名称は「KINGDOM OF CAMBODIA」。日本語に直すと「カンボジア王国」。王制を敷いています。先月、長年国王として君臨していたシアヌーク前国王から新しい国王のシハモニ新国王にバトンタッチしました。プノンペンでは、道路上や公共施設・ホテルなどには、シアヌーク前国王・前国王婦人・シハモニ新国王の写真が多く飾られています。ちなみに現在の国王は51歳ですが独身だそうです。
昨日王宮に行って来ましたが、王宮は1866年にノロドム王がプノンペンを都と定めた時に建てられ、ポル・ポト政権が終わり1991年にシアヌーク殿下が帰国を果たし、1993年に国王に即位して以来、現在でも国王が居住して公務を行っています。中心の建物は「即位殿」。「即位殿」では国王が首相や閣僚などと懇談する際や王室行事などに使われているそうですが。中央にある載冠用の王座は、即位載冠の儀式の際のみに座ることが出来る椅子で、国王でも即位の時のみ、一生に一回しか座ることが出来ません。今回の国王継承によって国王になった新国王も先日の載冠式で金色の王座に座ったそうです。その他王宮の塀を隔てた南側にある「シルバーパゴダ(銀寺)」も共通して言えることは特徴のある建物ばかりで見事なものです。
余談ですが、カメラを持ち込み王宮内で写真を撮ると2ドル、ビデオは5ドル徴収されるそうです。(私はカメラをバスに置いていきました)
またカンボジアを語る上で忘れてならないのはポル・ポト政権。私が生まれた昭和50年代前半に迫害を受けて大虐殺が行われました。刑務所として使われ、現在は「トゥールスレン刑務所博物館」として、ポル・ポト時代の刑務所をそのまま残し、拷問の様子・実際に使われた道具の展示や迫害によって殺された人の写真などが展示されています。ポル・ポト時代の1975年あたりから1978年頃までに、ここでは約2万人が収容されて生きて刑務所を出たことが出来たのは6人のみだそうです。私はあまりの残酷さ、特に迫害を受けて罪もないのに拘束され、番号札を首からかけられて、手錠をかけられた姿での写真が多く展示されてますが、まだ30年も経たない前の出来事と考えるとショックで写真を撮す気持ちにもなりませんでした。現在では、先月王位継承がありましたが、首都プノンペンの政情は安定しております。ポル・ポト時代の空白期間を早く挽回して、貧困を無くし、国の経済が発展することを願うばかりです。

